トーリング契約とは?蓄電池事業を安定化する仕組みを解説
系統用蓄電池への投資を検討するうえで、市場価格の変動リスクであるマーチャントリスクは避けて通れないハードルです。市場の価格差のみに頼る運用では、融資を受けるための投資予見性を立証する場合、非常に困難な状況へと陥ります。
そこで、マーチャントリスクをコントロールし、安定したキャッシュフローを確保するために注目されているのがトーリング契約です。
この記事では、原料や燃料の委託加工から発展したトーリング契約の全体像を紹介します。通常のPPA(電力購入契約)との大きな違いや、アセットオーナーとオフテーカー間のリスク分担をはじめ、国内初の系統用蓄電池へのノンリコース融資事例にいたるまで、実務に必要な情報をまとめて紹介しますので、最後までご一読ください。
目次
1. トーリング契約とは何か?原料や燃料の委託加工から紐解く基本構造

はじめに、トーリング契約とは何か、原料や燃料の委託加工から紐解く基本構造について紹介します。
1-1. ビジネスモデルの定義と通常の電力購入契約(PPA)との違い
トーリング契約は、設備の所有者であるアセットオーナーと、電力を市場運用するオフテーカーを法的に切り離し、リスクを最適に再配分する契約形態です。したがって、アセットオーナーが設備の稼働能力を提供し、オフテーカーが自身の判断で原料や燃料を持ち込んで加工させるサービス委託契約の仕組みがトーリングとされています。
通常の電力購入契約(PPA)との大きな違いは、契約対象です。PPAが、発電された電気という成果物(kWh)を買い取る物品売買契約であるのに対し、トーリング契約は設備そのものの遠隔アクセス権や充放電の指図権といった制御権全般を一定期間貸与する容量賃貸・サービス提供契約となっています。
1-2. 製造業の委託加工から電気・エネルギー分野へ発展した歴史的背景
もともと金属精錬や化学産業の受託加工で用いられていたトーリングと呼ばれる仕組みが、インフラ投資の巨大化と市場自由化にともないエネルギーセクターへ移植されました。
歴史的な由来としては、鉱石などの原料を持ち込んで金属へと精錬・加工してもらい、一定の通行料や加工賃を支払っていた製造業の仕組みがベースです。ちなみに、英語で通行料金を「Toll」と言います。
トーリングが電気・エネルギー分野へ応用されるようになったのは、1990年代以降の欧米の電力自由化にともない、独立系発電事業者(IPP)が火力発電所を建設する際、ガス現物を保有する商社や小売事業者(Toller)と結ぶことで、巨額の設備投資リスクを分散・平準化させてプロジェクトを成立させるようになったあたりからです。
参照URL:
・日本オペレーションズ・リサーチ学会「卸電力取引所の創設がもたらす電力供給プレミアムの評価」
・日本経済新聞「自由化時代の発電新形態 客から燃料、電気で返却」
日経BP「3つの事業モデルで蓄電所を展開、目標800MWに上乗せも」、東京ガス・鳥居氏に聞く」
・PCBasic「トールマニュファクチャリングとは?」
2. 火力発電におけるトーリングモデルの仕組みとリスク分担

ここでは、火力発電におけるトーリングモデルの具体的な仕組みと、事業者間におけるリスク分担のあり方について紹介します。
2-1. 燃料供給者・設備保有者・電力活用者の役割分担
トーリング契約では、3つの異なる主体がそれぞれの得意領域を担当することで、各インフラの効率を一気に高めることができます。異なるプレイヤー間の複雑なバリューチェーンによって成立している点がビジネスモデルとしての特色です。
下表で、燃料供給者・設備保有者・電力活用者ごとの役割と責任の分担をまとめました。
【火力発電におけるトーリング契約三者の役割分担】
| プレイヤーの種類 | 主な役割と責任 |
| ①燃料供給者 | 発電の原料となるLNG(液化天然ガス)や石炭などの燃料調達、および配給などのロジスティクス全般を担います。 |
| ②設備保有者 | アセットオーナーやIPP(独立系発電事業者)として、発電設備の適切な維持管理や稼働率の維持を担当します。 |
| ③電力活用者 | オフテーカーとして、卸電力市場での取引や、小売へのポートフォリオ販売をおこないます。 |
トーリング契約の仕組みが優れている点は、同じ大型発電設備を利用しながらも、出資者や契約者がそれぞれ独立した販売戦略や燃料調達ルートを確保できることです。つまり、それぞれの独立性と競争優位性を保ちながら、自由化された市場での効率性を競い合うことが可能であり、経済面からも優位なメカニズムによって構築されています。
2-2. 燃料価格ボラティリティに対する財務的なヘッジ効果
アセットオーナーは、燃料価格の乱高下などの外部要因のリスクから解放され、安定的な設備賃貸収入による固定費回収に専念できます。
火力発電の運営において最大の課題は、主原料となる天然ガスや石炭などの燃料価格が暴騰・暴落するコモディティリスクです。また、自由化市場における電力販売価格が乱高下するマーチャントリスクも、事業継続を脅かす要因となります。
一方で、トーリング契約では、上記のような財務的なリスクをオフテーカー側が全面的に引き受ける仕組みです。そのため、アセットオーナー側は安定したキャッシュフローの下でビジネスができるという大きなメリットがあります。設備が正常に運転可能なアベイラビリティ(発電可用性)な状態を維持してさえいれば、発電が実際に有る無しに関わらず、完全固定で容量使用料(Toll Charge)を受け取ることができるためです。
このように、トーリング契約の仕組みを活用することで、市場の環境変化に左右されず、確実に初期投資を回収できるアプローチが可能となります。
参照URL:
・日本オペレーションズ・リサーチ学会「卸電力取引所の創設がもたらす電力供給プレミアムの評価」
・日本経済新聞「自由化時代の発電新形態 客から燃料、電気で返却」
・日経BP「3つの事業モデルで蓄電所を展開、目標800MWに上乗せも」、東京ガス・鳥居氏に聞く」
3. 系統用蓄電池・蓄電所におけるトーリングスキームの開発動向

ここからは、系統用蓄電池や蓄電所において、トーリング契約を活用したスキームの最新の開発動向について見ていきましょう。
3-1. マーチャントリスクをオフテイクする新たな運用受託モデル
再エネの出力制御や電力価格のボラティリティ拡大を背景に、蓄電池の制御により自由に充電・放電が可能なトーリング契約がグローバルで急拡大しています。火力発電における燃料と発電の仕組みを、蓄電池における仕入れと供給に置き換えた、先進的な運用受託モデルです。
アセットオーナーは、蓄電池を充放電してコントロールする権利を高度なAIプラットフォームを持つ小売電気事業者や専業アグリゲーターへ貸与します。制御権を移転されたオフテーカーは、自己の裁量で日本卸電力取引所の主要市場であるJEPXスポット市場でのアービトラージや、需給調整市場への応札をおこないます。その結果、複数の市場取引から収益を重ね合わせるマルチスタッキングに基づき、自社の収益化を目指すビジネスモデルが確立されています。
3-2. 国内初ノンリコース・プロファイを可能にした「広原プロジェクト」の金融設計
東京ガスとEku Energyが宮崎県で組成した国内初の蓄電池トーリングは、日本のエネルギー金融の歴史を塗り替えるプロジェクトとなりました。 2027年の商業運転開始予定の宮崎県の広原蓄電所(30MW/120MWh)です。独立系開発事業者であるEku Energyが設立したSPC(特別目的会社)と、オフテーカーである東京ガスとの間で長期のトーリング契約が締結されました。東京ガスが電力市場のボラティリティリスクを引き受け、SPCへ固定の賃借料を支払う仕組みが特徴です。その結果、三菱UFJ銀行などの金融機関がダウンサイドリスクを限定的と評価し、国内初となる系統用蓄電池単体へのノンリコース・プロジェクトファイナンスが実現し、プロジェクトのキャッシュフローのみを返済原資とする融資に成功しました。
参照URL:
・Eku Energy「広原蓄電所」
・日本オペレーションズ・リサーチ学会「卸電力取引所の創設がもたらす電力供給プレミアムの評価」
・日経BP「3つの事業モデルで蓄電所を展開、目標800MWに上乗せも」、東京ガス・鳥居氏に聞く」
4. 事業者が締結前に精査すべきトーリング契約のメリット・デメリット

ここからは、事業者がトーリング契約を締結する前に精査すべき、アセットオーナーとオフテーカー双方のメリットやデメリットについて見ていきましょう。
4-1. アセットオーナー側から見たバンカビリティの確立と設備稼働リスク
オーナーは確実な投資回収の予見性を手にする一方、日々の丁寧な維持管理と厳しいアベイラビリティペナルティ(可用性ペナルティ)の引き受けが義務付けられます。 アセットオーナーにとっての最大のメリットは、電力市場における価格崩壊リスクの予測不可能性から解放される点です。10〜20年におよぶ長期の投資回収サイクルが担保され、デット・ファイナンスによる融資の金利条件を有利にできる利点があります。
一方で、システムが正常に充放電をこなせる状態である可用率や、往復効率であるラウンドトリップ効率の維持管理義務を負うリスクがあります。万が一、不具合やO&Mの不手際によって設備が稼働停止したときには注意が必要です。オフテーカーの機会損失に対する高額なアベイラビリティペナルティの支払いや、一般送配電事業者との容量提供契約が解除されるリスクを負う恐れがあります。
下表に、アセットオーナー側の主なメリットとリスクをまとめました。
【アセットオーナー側から見たトーリング契約の精査ポイント】
| 立場 | メリット(享受できる価値) | リスク・デメリット(負うべき義務) |
| アセットオーナー(設備保有者) | ・市場価格崩壊リスクから100%解放される・10〜20年の長期投資回収が固定される・融資(デット)の金利条件が大幅に改善する | ・可用率や往復効率の維持管理義務を負う・停止時に高額なアベイラビリティペナルティが発生する・TSOとの契約解除リスクを負う |
4-2. オフテーカー側から見たマルチスタッキングのポテンシャル
オフテーカーは固定の容量使用料を支払うリスクを背負うものの、独自のAI制御によって複数の市場を跨いだ莫大なアップサイド利益を独占できる強みがあります。新電力やアグリゲーターなどのオフテーカー側のメリットは、自社で用地取得や特高受変電設備の建設といった初期投資CapExをおこなうことなく、すぐに大規模な系統用蓄電池の制御権を手に入れられる点です。JEPXの価格ボラティリティを活用したアービトラージ、周波数調整等をおこなう需給調整市場、将来の供給力を売買する容量市場の3市場で同時にアセットを動かせます。結果として、自社の小売ポートフォリオを強化して莫大な利益を生み出すことが可能となります。
しかし、実際の市場価格差であるスプレッドが縮小して市場が低迷したときであっても、オーナーに対して毎月固定の容量使用料を支払い続けなければならない固定費化リスクを背負います。そのうえ、劣化していく蓄電池のSOH(健全度)を早めないよう、契約で取り決めた年間動作サイクル数やSoC(残容量)の上限・下限規律を厳格に守らなければなりません。一般送配電事業者に対する容量市場のコンプライアンス条項を順守して運用する制御の複雑さも考慮するうえで、事業計画を精査する必要があります。
以下の表に、オフテーカー側の主なメリットとリスクをまとめました。
【オフテーカー側から見たトーリング契約の精査ポイント】
| 立場 | メリット(享受できる価値) | リスク・デメリット(負うべき義務) |
| オフテーカー(新電力等) | ・自社の初期投資CapExなしですぐにアセット制御権を獲得できる・3市場(JEPX・需給調整・容量)でのマルチスタッキングが可能・小売ポートフォリオの収益性を大幅に強化できる | ・市場低迷時も固定の容量使用料が発生する・SOH劣化防護のためSoCやサイクル制限の規律が必要・TSOへの容量市場コンプライアンスの運用が複雑化する |
参照URL:
・MRI:三菱総合研究所「需給調整市場収益の仕組みと算定方法:容量・指令・ペナルティまで実務で整理」
・エネがえる「複数需要家×複数発電所のオフサイトPPA完全ガイド – 再エネ共同調達モデルの可能性と実践ロードマップ」
5. 日本のエネルギー市場における今後の活用可能性と参入障壁
ここでは、日本のエネルギー市場における今後の活用可能性と参入障壁について紹介します。
5-1. 長期脱炭素電源オークション(LTDA)の制度改革にともなう長期蓄電ニーズ
2026年以降の長期脱炭素電源オークション(LTDA)における6時間ルールへの厳格化により、戦略におけるトーリング契約の重要性をさらに引き上げると予想されます。
第3回長期脱炭素電源オークション以降、最低放電継続時間の要件が従来の3時間から2倍の6時間へと大幅に延長されました。6時間ルールが導入されたことで、短時間の価格差で利益を狙うアービトラージ取引は事実上市場から排除されたため、システム投資額の増大と広大な設置土地の確保が必須条件となっています。
また、LTDAで落札されたアセットは、実際の市場運用利益の9割を国へ還付し、追加利益として残り1割のアップサイドのみを自社インセンティブとする特殊な収益構造を持ちます。ただし、複雑な還付計算と1割の利益最大化によるトレーディング管理は難易度が高い課題です。
5-2. 系統連系のキャパシティ限界と個社判断の難しさ
過密を極める系統連系枠の確保や多層的な関係法令、セキュリティ要件は、個社単独での事業判断を困難にしています。 2025年3月現在、全国で113GWを超える膨大な連系申請のバックログが発生しており、実稼働容量がごくわずかに留まるなど、希少なリソースの争奪戦が続いています。アクセス枠が枯渇した変電所での工事費負担金の高騰や、無補償の出力制御を受け入れるノンファーム型接続ルールへの対応は避けて通れません。あわせて、改正消防法や電気事業法、都市計画法など、さまざまな法務上の適合も必要です。さらに、2027年4月から原則義務化される制御システムへのセキュリティ適合性評価「JC-STAR」レベル1以上の認証取得トレンドも重なります。
これほど多層的な論点を自社単独でリサーチし、事業性を正しく見極めて推進することは客観的に困難な領域と言えるでしょう。
参照URL:
・CARBONIX MEDIA「長期脱炭素電源オークションとは?仕組みから最新の結果まで見てみよう!」
・ソーラーデポ「【2026年最新】系統用蓄電池の動向と制度改正をやさしく解説」
6. まとめ:トーリング契約とはアセットの価値を最適設計して系統用蓄電池事業へ参入する方法
海外から蓄電池コンテナを安価に個別調達して配置するだけのDIY型アプローチでは、機器間の通信不適合や2027年のJC-STAR要件未達を招き、売電機会を失うリスクが考えられます。激変する電力市場やLTDAの6時間ルールに適合し、20年先のバンカビリティを確保するためには、ハードスペックのみを比較するのではなく蓄電池の柔軟性を最適化する価値設計力が重要です。用地確保から系統接続の交渉代行、法令適合、長期トーリング契約のスキーム組成まで一括対応できる専門パートナーへ相談し、自社の条件に合わせたシミュレーションを通して、事業化を成功へ導く第一歩を踏み出しましょう。
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